2009年05月08日

Kenichi Ebina



マジかっけーってことで即UP
posted by non at 03:29| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月06日

盆栽世界観の三つのポイント 〜盆栽美術館に行ってきた〜

盆栽美術館・春花園たるものに昨日行ってきた。


小岩からバスで10分程度行ったところにあり、
入館料は800円。

そこで小林國雄先生から色々教えてあげなさいということで、
お弟子さんがずっと雨の中色々と教えて回ってくれたのだが、
これが聞けば聞く程、この世界が面白い!
特に面白かったことを三点まとめてみた。(コンサルっぽくw)

■自然を造る
盆栽において評価が高いのは、より自然らしい作品らしい。ガーデニングの様に人工的に美しい世界を想像→創造するのではなく、あくまで最も美しいものは既に自然の中にあるという価値観からスタートし、いわばそのミニチュアをいかに造り出すかがポイントなんだとか。だから盆栽は基本的に山にある木々をそのまま取ってきて植えることから始め、長きに渡ってその刹那的な美と移り行きを楽しむのだと。


■非常に計画的かつ偶発的
盆栽は長期的に目指す美しさのために計画的に行うと同時に偶然を楽しみ活かすことが重要である。この計画的である事と偶然である事は矛盾している様だが、これが混同して美しい作品ができるのだと。(矛盾大好き人間にはたまらないw)
「根張り」と「立ち上がり」という根と幹が最も盆栽で評価されるのだが、この部分は成長するのに時間がかかる。この石付きの紅葉などは(個人的にはものすごく好き)石を掴む様に幹と根が張っているのだが、これを造るには十数年の年月がかかる。それが成長のゆっくりな松なら二倍かかる。よって自分の造りたい盆栽を造るためには非常に長期的な計画性が必要になる。案内してくれたお弟子さんは、「盆栽はお年寄りがやっているイメージが強いけど、実は年寄りになって初めたのではもう遅いんだよね。」と繰り返し述べていた。この様に木々の成長を計画的に促す必要がある。
(更に個人的には、葉に関しても興味深かった。根や幹は短くても山の木と同じ種類だから葉の大きさは大木と同じ葉が芽吹く。それを途中で一度切り落としたりしてちゃんと幹のサイズに合った葉のサイズにするらしい。)
しかし、計画的といっても盆栽の醍醐味は、理想を形作るのではなく、その木の持つ味を活かすという点にある。よって繊細な木(eg.紅葉)もあれば、ごつごつした木(eg.黒松)もあり、その中でもまた個性が出てくる。これは計画して促せる範囲を超えている。そこに関しては偶然の出会いを大切にして、その良い個性を味として引き延ばすのだという。その意味で西洋芸術とは違い、最終的には偶然に、つまり自然に身を委ねている作品なのである。


■侘び寂びによる物語を創る
盆栽はまさしくわびさびのインテリアとして重要な役割を担う。


この写真では盆栽、掛け軸、人形の三点しか部屋の装飾がないが、そこには見事な和、そして物語が構築されている。掛け軸は、簡単にいえば山に錦が如く咲いた花が美しいとあり、その右側には花の咲いた盆栽。そして左下にその美しい花を見上げる老人の人形が置いてある。この三点しかないことによって、あえて侘びしさ寂しさを造り出しつつ、その空白は物語を造り出すことによって想像力で埋め尽くせる様になっている。きれいなだけではなく、こうすることによって見ていて飽きない空間が構築されている。


この三点が基本的にキーとなるポイントだと思うのだが、
もっと色々育て方や海外での盆栽状況なども教えてもらったし、
本当に行ってよかった。

五月末のイベント無料入館券ももらったこともあり、
盆栽仲間募集ですw




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2009年05月03日

海を守るための願い by Sylvia Earle




自分は環境問題にこれまで全然関わってこなかった。

なぜならば、自然は到底制御できるものではないと思っているし、
それに大きな技術革新が起きない限り、
対応することができないと思っているからだ。
啓蒙活動に賛同するには、
ほとんどの場合、善と悪の区別に自分が納得できなかった。

ちなみに一番納得できないのは、動物保護団体といいつつ、動物園や水族館に存在する生物のみを保護対象とする組織だ。ここはほんとに納得できない。

それでも最近は関わらざるを得ない状況になってきている。
それ程社会的企業家の中ではホットトピックになっていることを、
最近ヒシヒシと身を持って体感している。
多くの人がこの問題に対処することをドライブ要因にして働いている。

面白いのは、個々の組織は小さく孤立していようとも、
世界中でこの問題への取り組みが発生しているということ。

今まで全世界で一つの問題に(問題の定義が曖昧なのは別として)
取り組む事があったかというと、ないだろう。
このパワーがどれだけのものになるのかは分からないが、
それが新しいことは間違いない。


・・・的な話を今日は三時間程インド人二人としてました。
最近やっと自分がグローバル化してきた。
それも自ら掴んだチャンスだから嬉しい。

ちなみにそのインド人に何で弊社みたいな日系企業で働いているのか?
と聞かれましたw
べ、別にまだやめねーからな!w



posted by non at 00:37| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月01日

アホらしい政治家の演説

自分が許せないことの一つが朝の政治家による演説だ。
今の住所に住んでいると駅付近で代わる代わる政治家が、
朝の通勤時間に演説をしている。

これが自分には理解できない。

なぜ駅付近で人が集まるとはいえ、
朝の通勤時間にぼーっと立って演説をするのか?

自分は何十日も見てきているが、立ち止まって聞いている人は、
未だ一人としてみた事がない。
さらにいえば何十日も聞いた事があるが、
いつも耳にするのは、次の様な言葉。
「おはようございます。私、○○(政治家名)でござ・・・」
「現在の政治ではいけま・・・」

こんなメッセージしか聞こえないんだから、
名前も政策も覚えられないし、まして投票なんてするわけない。

ってことで無駄。無駄。むしろ五月蝿い分、不快。
それなら楽器でも弾いている方がよっぽど効果的。

何がイライラするかというと政治家の工夫のなさ。
これは法律によって選挙活動が制限されているからかもしれないが、
それでももっとできることはあるはずだ。


自分が動いているからせいぜい聞こえるのが2、3秒。
ならば選択肢は二つしかない様に思う。

(1)国民が聞こえる時間を延ばす。
→2、3秒で印象を残せないならば、もっと長時間かければ良い。
例)一緒に演説しながら歩けば良い。
  そうすれば話が聞ける時間が伸びるし、
  必然と関心を抱かざるを得なくなる。

(2)2、3秒で覚えてもらう。
→キャッチーな言葉や忘れにくいビジュアルで訴える。
例)政策にキャッチコピーをつけることによって覚えてもらう。
  オバマの「YES WE CAN」なんて最高のキャッチコピーだろう。
  別にオバマは駅前演説などやってないが、
  短時間でインパクトを与えることには大変成功している。

これくらい工夫してもらって聞いてもらう姿勢を取らないと、
結局政治は国民の関心を得られず、
良い方向に持って行けないんだと思う。

何よりそういうことから政治=ださいってイメージを払拭しないと。



posted by non at 01:51| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月27日

個人ウェブメディアの使い分け

自分はmixi, facebook, twitter, blogs(two), sbm, tumblr, mail, flickr, posterous等々あらゆる個人メディアを持っている。そしてそれぞれに用途を与えて、自分のための記録や自分より外へのアウトプット手段として活用している。そのうち自分より外へのアウトプットに関して最近あることに気づいた。

それは、アウトプットの量がある程度一定であるということ。

つまり逆にいうと、毎週、毎月の各メディアへのアウトプット総量はそれほど変化がないにも関わらず、メディア単位で見るとアウトプット量に波があるということである。blogを書く月に関しては、sbmが少なかったり、twitterの多い月(最近)はblogが減ったり。でも全てのメディアへのアウトプットがないということはない。

この原因はあらゆる理由が考えられるが、アウトプットするということに対して、自分から出すことによって得られる開放感や満足度が満たされてしまうからということが考えられる。そのためそれを満たすメディアがどれであるということはそれほど重要ではないのかもしれない。(当然メディアを別の手段と考える場合は省く)

だが、これに付随する問題としては、各メディアによって自分の情報を傍受する層が違うため、アウトプットに偏りが出てしまうということだ。F2Fにおいては、人に応じて話す内容細かに決める。しかし、個人ウェブメディアに関しては、当然それも考慮に入れるが考慮のレベルは低い。そのため内容としては全員に問いかける様な内容になるのだが、それを受ける人が各メディアによって変わる。mixiのつながり、blogのつながり、twitterでのつながりは共通点はあるものの、バラバラである。基本的に個人メディアの発信はコミュニケーションが意図であるため、それによって様々な層の人々と継続したコミュニケーションができないことは大きな問題である。

解決策としては、あらゆる個人メディアでも同じつながりを持つか、それぞれ全て同様のアウトプットを出すことだが、それはめんどいという面もある。リテラシーの差の問題もあり、非現実的だ。今後はここらへんの各個人メディアの使い分けをどのようにこなして行くかが重要なのは間違いない。

手紙、パソコンメール、携帯メールのそれぞれのメディアが、特色を持つ様に、個人ウェブメディアはそれぞれ違う特色を持つ。だが、それ以上にアウトプット先が大幅に変わるという面も持ち合わせており、より一層複雑性が増している気がする。

ってことで結論はウェブコミュニケーションって何か分からないけど楽しいってことだな。


そういえば最近仕事が落ち着いてヒマリーマンになりました。部長にもっと働きたいって言ったら一時間永遠と話されてうやむやにされました。う〜ん仕事をどうやったら自分で作れるか。。。工夫している人アドバイスください。

posted by non at 23:55| 千葉 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | IT社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月24日

駅ジャックとエクストリーム羊飼い

これをぜひ東京駅でやってほしい。
っていうより渋谷のスクランブル交差点とかの方がいっか。



新しいextreme sportsがこれだ!
エクストリーム羊飼いw
でもマジはんぱねー




posted by non at 23:16| 千葉 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月20日

サービス開始

配属されてから今まで取り組んできたシステムが、
明日からサービス開始になる。

ここは普通なら感慨深くなるところなのだろうが、
正直よく分からないのが本音だ。

別に特別でもなく、また今まで通り一日が来る感覚。

実際にそれなりに時間と労力をつぎ込んできた。
平日はいつも12時から1時に家に着く日々を送り、
失敗と成功を8:2の割合で繰り返しながら、
毎日過ごしてきた。

チームメンバーとは遅くまでずっと過ごしてきたが、
今月に入って数人減った。
そして来月からはほとんどのメンバーがいなくなる。

事実と知りながら不思議だ。

プロジェクトが終わったから「ハイ終わり」という感覚が、
いまいち慣れない。

自分は元々顔に出さずともドライな性格というよりも、
ウェットな性格だ。
欠点だらけのチームではあるが、
今後どれだけ働いても二度と来ない、
最初に携わったチームになる。

ビジネスって割り切るとかいう冷たいイメージって
社会人一年目が過ぎても個人的には納得できないな。

でも変化は常にあるもの。
抵抗することに意味はないもの。
流れ流れ生きて行くしか選択肢にはないんだし。
これこそ諸行無常、諸法無我なり。
posted by non at 00:00| 千葉 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月14日

ログという考え

システムを考える上で、非常に重要な役割を担うのが、
「ログ」である。

「ログ」があれば、
何が、いつ、どこで、誰が、なぜ、どのように、
起きたか的確に把握できる。

時間を遡って再現することもできる。
だから問題が発生したらまずログを見る。
うまくいったかどうかもログで確認する。


「ライフログ」を的確に設計できれば、
人生も記録に残せるのか?

写真、メール、音声、動画は全てメディアとして記録できる。
もしも人がシステマチックな生活をしていれば、
当時の生活をそのまま再現することも容易いのだろう。

自分も色々な生活の情報を保存している。
何故なら自分の記憶力程頼りないものはないと思っているからである。
(記憶が残らない方が幸せだとは感じているが)

でもシステムと違うのは、そのまま再現する事はできないということ。
時間の流れは直線なのか、螺旋状なのか、カオス式の様なのか、
それは全くわからないが、その場を再度創り出すことはできない。

ただ記憶の想像の中で再現はできる。
そしてそこで再現して、もう二度とないことを知りつつも、
人は感情をよみがえらさせる。


そこで疑問。
何故感情は記録できないのに、蘇らすことができるんだろう。
逆に記録できる情報はなぜ蘇らして再現することができないんだろう。
同じ写真は二枚と取れないし。(まぁメールは打てるか。。。)

もし感情を記録できたらどうなるんだろう?
むしろ必要なのかな?
感情を「再生」したら嬉しくなったり悲しくなるのかな?
何かそれで感情をコントロールしたりしそうで、
麻薬っぽいイメージだな。


自分は感情は記憶の方が良いな。
その方が自由だ。

まぁいいや。今日は寝よ。

posted by non at 01:53| 千葉 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月10日

部長との一時間半

今日は部長との面談があった。

ドトールで一時間半も話した。
一年間仕事をしてきて二人きりで話した中では最長だった。
通常の面談時間は20分とかからない。

この半期の目標などを少し話しつつだったが、
それは結局30分。

そのあと自分がしたのは三つの質問。
・今後の自分の担当の方針。
・一年経った自分の印象。
・もっと働きたいのとの要望。

あとは部長の話を繰り返して確認したり、
相づちをそのまま打ち続けるだけ。

ただその際に、注意したポイントは二つ。

一つ目は、相手に強い関心を持つ事。
もう一つは、聞き役に徹底する事。

そうすると聞いていない事や裏話までいろいろと話してくれた。
そして自分はそれほど話していないにも関わらず、
部長とすごく良いコミュニケーションが取れ、
距離が縮まった様な気がした。
今まで何を考えているのかさっぱり分からなかったが、
それが少し分かる様になってきた。


自分のコミュニケーションの基本は「聞く」ことにある。
posted by non at 22:59| 千葉 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月08日

"Think Like a Designer" by Garr Reynolds@apple ginza

アマゾンビジネス本売上2008年度3位の本がこれ。



プレゼンと禅ということで、完全に自分のためにある本と思い、
結構前に即購入した。
内容もすごく分かりやすく、
今まで意識してきたプレゼンももっと改善できる、
そしてさらにそこにニーズがあると気づかせてくれた本。
ここから世界が今広がりつつある。
(具体的には現在構想レベルであるため、また決まれば報告します。)


そんな本の著者、Garr Reynoldsが銀座のアップルストアで、
講演を行うというからこれは行くしかないと思い、
仕事を先輩に(9年目)任せて行くという暴挙に出つつ参加した。

内容は半端なく良かった。
面白いプレゼンをライブで見れるのはやっぱり少ない機会であるため、
すごくためになった。
何が?真似できるロールモデルができたことが。
物真似師である自分にとってはそれが非常に大きな財産になる。
CA390041

ポイントは11個。
でも統括すると、個人的には、
「プレゼンテーションにもイノベーションが必要」
ってことだと思っている。

プレゼンテーションは直前まで内容を詰めて、
ギリギリになってとりあえずスライドを作る、
っていうのが最もメジャーなパターンだと思う。
そのためプレゼンは蔑ろにされがちだ。

でもそれはただコミュニケーションを疎かにしているだけであり、
そこで伝わらなければ何も意味はないのであり、
そして更に伝わらないのは発信者の責任である。
ならば仕事を放棄している事と一緒で、
良い内容を発表するには、良い発表をしなければいけない。
そして良い発表をデザインするには今のプレゼンを変えるしかない。
ということだと思った。
そしてイノベーション=新結合とすると、
Garr Ryeonoldsのプレゼンは、スライド+デザインによって、
新たなプレゼンテーションを創造したのだと思う。

ちなみにここで言うデザインは、【体験を変えるもの】の意味だ。
つまり、スライドで体験を変えるためには、
デザインが必要だということだ。
プレゼンで体験を変えてやる!って意識がない人が多すぎるから、
プレゼンが蔑ろにされるのだろう。
だから井庭研の前回の最終発表会も理解できずに終わった感がある。


そしてちゃっかり名刺とサインをゲットw
もうミーハー以外なんでもないですw
IMG_0054

さらにそこでたまたま会った人が、tedxtokyoと関わっていて、
自分も興味あるって言ったら、気がつけばメシを食いに。
何かよくわからないけど飲みながら色んな話を聞いた。
いかにプレゼンが熱いか、社会起業家やウェブデザインなど、
自分の興味津々なテーマがポンポン出てきて、
似た関心の人が周りに少ない分、情報交換ができたのは相当熱かった。

完全なる偶然だったけど、これも必然なのかも。
だからserendipiter's journeyは止められないw
ってことでボランティア活動久しぶりに再開しそう。




posted by non at 00:37| 千葉 | Comment(1) | TrackBack(0) | プレゼン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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